SUV二台体制という無駄を考える——レンジローバースポーツP550eとX3 M50の狭間で

 SUVというジャンルは、ひとつ手に入れた瞬間に完成するものではないのかもしれない。

ラグジュアリーと機能、静けさと走り、重厚と俊敏——それぞれが異なる世界を持つ。
レンジローバースポーツP550eを所有してしばらく経った頃、そんな“二つの世界の間”にもう一台を求める気持ちが芽生えた。
そしてたどり着いたのが、BMW X3 M50だった。

レンジローバースポーツP550eは、まさに“移動の非日常”を体現する存在だ。
静粛で上質、どこまでも余裕がある。長距離を走るたびに、乗る者の感覚を外の世界から切り離してくれる。
だが、日常の狭い路地や短距離移動では、その堂々たるボディが時に“重さ”として現れる。
ふと、軽快なステアリングをもう一度味わいたくなる瞬間がある。

そこで試したX3 M50は、まったく違う世界を見せた。

直6+48Vマイルドハイブリッドが生み出すトルクは滑らかで、ステアリングを切れば即座にクルマが応える。
一言で言えば、レンジローバースポーツP550eは“大地を踏みしめる走り”、X3 M50は“路面を駆け抜ける走り”だ。
EセグSUVとDセグSUV——数字で並べれば似ているようで、そのキャラクターは驚くほど違う。

我が家のガレージには、もう一台——妻が愛用するBMW X1 d20がある。

このコンパクトなディーゼルSUVは、街乗りに最適なサイズと燃費を備え、静かに家庭の足としての役割を果たしている。
三台のSUVが、それぞれの“目的”を持って共存しているわけだ。

とはいうものの、レンジローバースポーツとX3の併用は、合理的に考えれば全くの無駄であることは理解している。
サイズも用途も重なり、維持費も二重。性能面での差はあれど、どちらか一方で十分に生活は成立する。
だが、それでも人は「無駄」を抱えることで、自分の中の感覚や欲求の輪郭を確かめたくなるのかもしれない。
便利さや効率を追うだけでは見えない“所有の意味”——その曖昧な部分こそ、クルマという趣味の核心なのだ。

さて、どうしたものか。
合理性を取るか、感性を取るか。
レンジローバースポーツとX3 M50、そのどちらを残すのか——あるいは、無駄を受け入れるという選択こそが、“クルマ好き”という生き方の証なのかもしれない。
今後は、その揺れる気持ちのままに、この問いをもう少し掘り下げていきたい。

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